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オペラ公演レビュー(2016.7月の公演から)


■「夕鶴」 2016.7.1(金)  新国立劇場公演


團伊玖磨さんの「夕鶴」は日本を代表するオペラであることを今回の新国立劇場での公演に接して再確認。こんなに良い作品を作ってくれた團さんの作曲力は実に優れたものがある。特筆すべきは、何と言っても日本語のオペラになっていることだ。日本語を大切にして、日本語の音にしっかりと音楽を乗せていることは、オペラが音楽芸術であることが証明される。オペラ作曲家は如何なる国のものでも言葉に音を乗せているのだ。

その昔、我が国で多くあった訳詞上演の不自然な音楽は、オペラへの違和感を大いに抱かせたものだった。今日では原語上演が当たり前になっているが、言語によっては原語ではなくても何とかなるものもあるが、日本語について言えばイントネーションの中に言葉の美感がある言語だ。不自然な音程音階による叫ぶような異様な発声をわきまえもなく要求する音楽を作り続ける日本人作曲家が少なくない中、團さんの「夕鶴」における音楽は日本オペラの誇るべき作品だ。今回の出演者もしっかりした安定感ある発声により、字幕なしの上演でも完璧に聴き取れたことは作品とともに、歌手陣の力量発揮と言えるものだった。
配役:つう/澤畑恵美、与ひょう/小原啓楼、運ず/谷友博、惣ど/峰茂樹、子どもたち/世田谷ジュニア合唱団。

 演奏も大友直人さんの明確でバランスのとれた指揮により、東京フィルハーモニー交響楽団から美しい音楽を引き出していた。大友さんのような音楽性豊かな感性を持った指揮者は貴重だと思う。演出は栗山民也、美術は堀尾幸男。舞台には特別な試行などはないのだが、音楽に良く寄り添って自然体でとても美しく、印象に残るものだった。(新国立劇場2000年12月プレミエ)

■「ドン・パスクァーレ」 2016.7.2(土)、3(日)  藤原歌劇団公演 日生劇場


ドニゼッティのドランマ・ブッフォ「ドン・パスクワーレ」は有名なオペラにもかかわらず、我が国では上演機会に必ずしも恵まれているオペラではない。藤原歌劇団が前回日本初演で上演したのは1951年。出世以前の小生にとっては初めての舞台鑑賞となる。(記録では新国立劇場小劇場で観てはいるのだが・・・)

 ダブルキャストで三日間公演された内の二日目と三日目を鑑賞した。このオペラはドン・パスクワーレという人物が極めて重要となる。今回は特に2日に出演した折江忠道さんの演技と歌唱が実に素晴らしく、この難しいオペラが本当に楽しめた。『この公演はあらゆる意味合いから衝撃的、快楽的、悲哀的要素をふんだんに取り入れた特異な作品に対しての実験的な挑戦で、上演機会が少ない理由は只々「難しい」の一言に尽きる』と述べる折江さんの言葉の通りにその実験をハイレベルで成功させた公演だった。
折江さんは藤原歌劇団の総監督。作品の読みの深さも感じられる熱演は見事だった。表題役が正に舞台を作ったと言ってよいだろう。この日の模様はTVカメラで収録されていたので放送があれば楽しみだ。他の主な配役(前が2日で後が3日)はマラテスタに押川浩士と森口賢二、エルネストに藤田卓也と許昌、ノリーナに坂口裕子と佐藤美枝子、3日のパスクワーレは少し真面目すぎた牧野正人さんだった。

 イタリアからベルガモ・ドニゼッティ劇場の前芸術監督のフランチェスコ・ベロットさんを招いた舞台の方も大変好感持てるもの。美術館を思わせる室内に巨大な名画を多数壁一面に飾ることで、裕福な上流階級人の我儘なパスクワーレを旧時代の人間として表し、この壁が終幕で崩れ落ちることで、パスクワーレ自ら新時代の現実を直視できるようになる。微笑ましい人間味あるエンディングは見応え聴きごたえ十分だった。

 オケビットには菊池彦典さんが率いる東京ユニバーサル・フィル。菊池さんのきびきびとしたリズム感は聴いていて心地よく、ドニゼッティの音楽の軌道を巧みに描き出していた。

■「蝶々夫人」 2016.7.22(金)  東京フィルハーモニー交響楽団定期公演 サントリーホール


東京フィルが楽団トップにあたる桂冠名誉指揮者のチョン・ミョン・フンさんの指揮で、演奏会形式によるプッチーニの「蝶々夫人」。ミョン・フンさんの指揮は常に自然体で力みなど皆無だ。でも、曲の要所になるとオケを激しく煽る。このタイミングが実に上手い。東京フィルのシェフの一人である若手のバッティストーニさんの指揮とは正反対の音楽づくりだ。

近年、オペラ演出が演奏の邪魔をしているとの上演に対する悪評が少なくないのだが、演奏会形式の上質な公演は真にオペラを楽しめる。「蝶々夫人」の劇的表現を音楽によって最高に心理劇化したものだった。
若いピンカートン(ヴィンツェンツォ・コスタンツォ)は声の線が細かったもの、日本人かと思わせるような着物の着こなしと表情に感心させられたのは主役のバタフライを歌った韓国の若いソプラノ(ヴィットリア・イェオ)。幕ごとに着物を着換えるほどの力の入れようだったが、声もホールを圧倒する力と響きを持っていた。ゴロー(糸賀修平)の個性的な表情や演技も楽しめ、安定感あるシャープレス(甲斐栄次郎)とスズキ(山下牧子)を配した周辺歌手陣もそれぞれが力演。力ある指揮者を得たオケと歌手陣による演奏会形式の上質なオペラを堪能した一夜だった。

■フェスタサマーミューザKAWASAKI  2016.7.27(水)  ミューザ川崎シンフォニーホール


チョン・ミョン・フンさんは今月の東京フィルの定期公演にも出ていたが、この日は真夏のミューザKAWASAKIの音楽祭に登場。定期でも振ったチャイコフスキーの第4シンフォニーと、若手有望株の韓国系ドイツ人のクララ=ジュミ・カンのヴァイオリンでコンチェルトが演奏された。若い奏者の力演により、チャイコフスキーの音楽の楽しさを十分味わわせてもらった。第4シンフォニーは客受けする名曲。ミョン・フンさんは冷静にオケをコントロールしながら楽章ごとに音楽を巧みに構築して、深く感動を誘う演奏を聴かせた。

 終演後のカーテンコールでは、後方客席(P席)へも全楽員を向かせた配慮あるもの。国内オケでは珍しい。バレンボイムのスタイルだが、先頃のベルリン・フィル来日公演でもラトルの指示でP席への挨拶があったのだが、時代の新たな傾向になるのではないだろうか。

■「夏の夜の夢」 2016.7.30(土)、31(日)  佐渡裕プロデュースオペラ 兵庫県立芸術文化センター


佐渡裕さんがプロデュースするオペラ公演は11年目になり、今年はブリテンの「夏の夜の夢」。今回はいつもよりも少なめで全六回の公演。はっきり言って、ブリテンの滅多に上演されないオペラだから客入りは落ちるのではないかと勝手に心配していたのだが、とんでもない杞憂だった。完璧なまでに超満員の会場は、ファンの物凄い熱気に包まれていた。

今年は最終日も鑑賞したのだが、終演後の観客の拍手などは異常なほど。なにしろ、隣席者の拍手の音で鼓膜に異常をきたしそうになり、座席から離れざるを得なくなったのだから。拍手のみならずスタンディングオベイションも凄いし、何しろ幕が下りても退席する人がいない光景は関東ではまずない。女性客が特に多い客層でしっかりと常連客を確保しているようだが、形だけではなく皆さん熱心で真剣にオペラを鑑賞して大いに楽しんでいる姿はオペラの今後に不安は全く感じられない。もちろん上演への様々な関連企画など多くの工夫と努力があってのこと。

 実は、毎回興味を引くのは芸術センターの一角に、縮小された舞台機構なども含めて制作の色々な特色を展示紹介していることだ。今回は舞台上で使われている床に敷き詰められていた岩盤と同じものを一部切り取って置き、自由に踏ませて直に感触させるというサービス精神旺盛な関西スピリッツも感じられた。  舞台づくりもいつものように丁寧で、舞台転換の回り舞台も含めて各所に工夫が凝らされていて、原作の味を上手に表現していた。宙吊り演技で活躍したパック役のダンサー(俳優)塩谷南の活発なアクロバット的な動きも大いに楽しめた。

肝心な演奏も大変充実したもの。いつものようにコンマスと第二ヴァイオリンとチェロのトップには外国のオケで活躍の奏者をゲストに入れることで、ブリテンの微妙な弦の響きを重視した引き締まった演奏となっていた。

ところで、今回はハーミア役が初日に足を怪我したことで、車椅子や松葉杖の使用により演出の一部変更など、一時は公演中止まで考えたという佐渡さんの開演前のコメントには、オペラ上演の並々ならぬ苦労が垣間見られたものだった。そのハーミアも最終日は補助具もなく共演者の支えだけで演じ歌えたことは安堵のカーテンコールとなって締めくくられた。全体の配役は、オーベロン/(ダブル)彌勒忠史、藤木大地、ティターニア/森谷真理、シーシアス/森雅史、ヒポリタ/清水華澄、ハーミア/クレア・プレスランド、ヘレナ/イーファ・ミスケリー、ライザンダー/ピーター・カーク、ディミートリアス/チャールズ・ライス、ポトム/アラン・ユーイング、クインス/ジョシュア・ブルーム、フルート/アンドリュー・ディッキンソン、スナッグ/マシュー・スティフ、スナウト/フィリップ・シェフィールド、スターヴリング/アレクサンダー・ロビン・ベイカー。合唱/ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団。管弦楽/兵庫芸術文化センター管弦楽団。演出と装置・衣装デザイン/アントニー・マクドナルド。

 ブリテンの「夏の夜の夢」。作品は有名なシェイクスピアの名作だが、天才作曲家の味わいある音楽を、佐渡さんを中心とする見事なアンサンブルにより素晴らしいオペラとして鑑賞できたことは幸福だった。猛烈な歓声と拍手を背にしながら、プロデュースオペラの更なる発展を期待しつつ帰路の新幹線に乗り込んだ。 (K)



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