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オペラ公演レビュー(2017.2〜3月の公演から)


■蝶々夫人 2017.2.8  新国立劇場公演


新国立の「蝶々夫人」は再演を重ねている栗山民也さん演出のもので好評の演目だ。舞台左には大きく楕円状に弧を描く階段と、右には1本の柱に日本の家を象徴するかのような襖付の家をセット舞台にしている。蝶々夫人の悲劇を物語るような冷たさを感じる照明効果は何回観ても美しい。今回は特別な配役でもないのに人気演目のためか客入りは凄いものだった。

ピンカートンのリッカルド・マッシさんは声の張りがあって好演。その他の配役には日本人を揃えたことが今回の特徴だ。安藤赴美子さんの「蝶々さん」も実にしっかりしていて見事だった。シャープレスの甲斐栄次郎さん、スズキの山下牧子さんをはじめとして、ゴローの松浦 健さん、ボンゾの島村武男さん等、皆さん馴染みの役柄だけあって、大変バランスのとれた上演だった。

フィリップ・オーギャンさん指揮の東京交響楽団の演奏は控えめだが、上演舞台全体を構築する一部分を担ったものだった。


■ 蝶々夫人 2017.2.18 全国共同制作プロジェクト公演 東京芸術劇場


声とオケとのバランスは微妙だったが、プッチーニという作曲家の音楽づくりの上手さがとても感じられた公演だった。蝶々夫人を演じた小川里美さんの声と熱演が光り、無理のない自然の発声が感じられてとても良かった。

舞台は奥を一段高く作って、その場に関連の人物などを登場させて舞台効果を上げる。オペラ劇場ではないコンサートホールを劇場空間にする努力の一端だ。その前に紗幕を入れる演出を担ったのは笈田ヨシさん。ヨーロッパを中心にして長年活躍されている著名な劇場演出家。作品の内容を深く読み込んだものになっていた。歌手(役者)の役柄をかなり明確に演技の中で表現させていたのは、オペラ劇場ではないホールでの公演には適していたようだ。大きな星条旗を舞台上に立てて、最後はバタフライが旗を抜き取って床にたたきつけ自害する。笈田さん自身が育った時代(1933年生)の日本の社会風景を土台にした舞台は、考えさせられるものになった。

管弦楽は読売日本交響楽団。指揮はドイツのミヒャエル・バルケさん。ガンガン鳴らすので味わいはない。読響はとても上手くて勢いが良いオケなので、良くも悪くも浮いてしまっていた。配役はピンカートンにロレンツォ・デカーロ、シャープレスにピーター・サヴィッジ、ピンカートンの新妻ケートにサラ・マクドナルド、スズキには鳥木弥生。舞台上の動きや声は、回数を重ねた利点が生かされたようだ。

この公演は全国共同制作による公演で、金沢・大阪・群馬と回って今回の東京が最後だった。それぞれ地元のオケと合唱を使っての演奏以外は全て同一の舞台と演者(東京だけは2日連続公演のためバタフライはダブルキャスト)での上演は正に地域共同での制作なのだろう。一つのエコ・スタイルであり、地方オペラの活性化につながるとよいと思う。


■トスカ 2017.2.19 東京二期会オペラ劇場公演 東京文化会館


プッチーニを短期間に2演目(3公演)を立て続けに聴くと、プッチーニの音楽は実に魅力的であることが分かる。声の伴奏になることよりも、全体の雰囲気を作り上げる音楽になっていることと共に、情景描写の音楽にも長けている味わい深い作曲家だ。

二期会のトスカは、本年からリヨン国立歌劇場の首席に就任する若きダニエーレ・ルスティオーニさんの指揮による公演であった。ルスティオーニさんは超元気な青年指揮者だ。ピット内でもカーテンコールでも張り切りっぱなしだったが、導き出された音楽はメリハリをつけながらも歌わせる部分では思い入れ深くオケ(東京都交響楽団)を鳴らしていた。

トスカ役の大村博美さんは、演技も声も実にしっかりしていて今後も大いに期待できよう。この日のトスカの最期は、後ろ向きで身を投げる名演だった。カバラドッシは城宏憲さん。良い声で歌っていた。スカルピアは代役。と言っても、他組で歌っていた今井俊輔さんで、4日間4回の公演中3回歌ったのだから大変だったろう。少々紳士的なスカルピアだったが、真面目なスカルピアだって一つの形だ。

舞台は世界初演時のデザイン画をもとにしたものでローマ歌劇場との提携。天井に届くほどの背の高い建物などは見応えがあった。高さは舞台を大きく見せるものだ。アレッサンドロ・タレヴィさんの演出は正統的なもので全てが形通りだったせいか、アドルフ・ホーエンシュタインさんの舞台美術の美しさの方が目立っていた。


■ラインの黄金 2017.3.4 びわ湖ホールプロデュースオペラ公演


2日間の公演は完売。ワーグナー人気なのか我が国でも頻繁に上演されているワーグナー作品。特に最近では、外来からの来日公演などで一流どころの歌手を揃えたレベルの高い上演が多くなっている中で、リング4部作を4年間かけて国内のプロダクションで作り上げる企画がびわ湖ホールで始まった。

びわ湖ホールの芸術監督である沼尻竜典さんの熱き想いがホール内外に伝わって実現に至る。きっと沼尻さんの心境は「ついに夢の実現!」であったに違いない。びわ湖ホールの芸術監督に就いてからワーグナー作品を次々に上演していく中で、びわ湖ホールを「日本のバイロイトにしたい」と大口をたたいたとの本人の弁が、そのままリング上演にまで結びついたのだから沼尻さん自身が最も感激しているのではないだろうか。

そんな感慨を抱きながらも、近年の日本でのレベルの高いワーグナー演奏の中で、どこまで応えられるのかとの心配は、公演関係者のみならず会場に出向いた熱心なオペラファン達にもあったのではないだろうか。

初日の3月4日午後2時すぎ、開演前の緊張感の中、暗闇の中から湧き出てくるような音楽で演奏は始まった。拍手なしで始めたことは、リングの世界へ誘う効果として十分だった。関西のオーケストラの中でも近年その実力を高く評価されている京都市交響楽団を率いて、沼尻さんはこれまでにない気合の入った的確なリードで、「ラインの黄金」の音楽の各場面を印象的に表現し切った。その姿は、いつもの冷静に音楽を導いていく沼尻さんとは別人になったよう。初めは指揮棒を大きく振っていた沼尻さんだったが、後半に至っては指揮棒なしでの全身全霊を込めた指揮ぶりに変化し、オーケストラから最良の演奏を引き出してホール全体にワーグナーサウンドを響き渡らした。

歌手の皆さんもそれぞれに個性を発揮して、役柄を踏まえての味わいある好演だった。ダブルキャストが組まれて、初日のこの日は、ヴォータンにロッド・ジルフリー、フリッカに小山由美、ドンナ―にヴィタリ・ユシュマノフ、フローに村上俊明、フライアに砂川涼子、エルダに竹本節子、ローゲに西村悟、ファフナーに斉木健詞、ファゾルトにデニス・ビシュニア、アルベリヒにカルステン・メーヴェス、ミーメに与儀巧、ラインの乙女たちには小川里美、小野和歌子、梅津貴子。

舞台はミヒャエル・ハンぺさんの演出、ヘニング・フォン・ギールケさんの舞台美術と衣装。ギールケさんの舞台衣装は役柄と演出意図に合わせたもの。ハンぺさんの演出は台本通りにほぼ忠実に再現されていた。ハンぺさん自身、初めてのリング演出だったので、自分への挑戦でもあったとのことだが、自然体でギールケさんとの呼吸も合っていたようだ。

特筆したいのは、冒頭のラインの河底で歌う乙女たちの扱いだ。丁度びわ湖という場所とも重なって相乗効果のあるものだった。舞台を鑑賞しながら、眼前に広がる美しいびわ湖の光景を想像しながら鑑賞した者も少なくなかったのではないだろうか。びわ湖ホールでの上演ならではの舞台としても大変印象的だった。

紗幕の使用も実に効果的。オケピットを挟むように舞台前面に入れた紗幕は舞台の雰囲気を効果的に作り上げ、ラインの河底場面は舞台全面にビデオプロジェクション(プロジェクションマッピング)の映像を使って、紗幕を通してラインの乙女たちとアルベリヒが見え隠れする。ラインの乙女たちは人魚のように見える企みで、冒頭から美しく幻想的な「ラインの黄金」の世界を映し出していた。映像の使用は終幕の神々たちが虹の上を浮遊しながらワルハラ城へと向かう場面などでも効果を発揮して、リング初心者でも違和感なく楽しめるものだった。

衣裳で興味深かったのは、ファフナーとファゾルトだ。二人の巨人は可憐なフライアの数倍にもなろうかという正に巨体。構造的衣装で、中に下半身担当の黒子一人が入っていて台座と共に大きな足で動く。歌手は黒子が支える台座に乗って歌うという2階建て構造になっていたことは、翌日の舞台衣装の見学で確認。中々上手く出来ていて、見ていて実に自然でリアルな巨人だった。びわ湖リングは今日的な斬新奇抜な演出とは逆行している舞台とは言え、正攻法で誰にも楽しめて聴かせる上演だった。

演奏が終結を迎える最終場面の終了直前からの盛大な拍手は、ワーグナー作品では特に禁じたいフライング拍手なのだが今回は目をつぶろう。終演後のカーテンコールも関西流だったのかもしれない。出演者のカーテンコールに沸くのは観客ばかりだけではなかったからだ。オケの楽員達もピット内から盛大な拍手と共に、何と舞台上の出演者たちに向けて、こっそり用意してあった折り畳み式にした手作りのボードを、いくつも広げて見せて感動を分かち合っていたのだった。ボードには「BRAVO!」などの文字のほかにも「金のリンゴ」を一枚の美しい絵に描いたものまで出されたのには、驚きと共に実に微笑ましい光景であった。この場面を目にできたことだけでも本公演への熱き想いが伝わってくるものだった。

次回は「ワルキューレ」だ。「ラインの黄金」の熱気は、早くも次年への期待の高まりとなっていることが感じられたびわ湖リング開幕の公演だった。  (K)


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